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日々是好日なれば、と…


by nappo_s
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おてんちん!

「ほれほれ 辰吉さんや そんなに 慌ててどうしなさった」

「こりゃどうも 大家さん とんだところを見せちまって」

「いえねぇ なんともこっぱずかしい話なんですが 大家さん

 ちょいと あっしの胸のつかえを 聞いちゃくれませんか」

「そりゃ辰吉さんの 胸のつかえとやら 大家として聞かない

 わけにはまいりませんね」

「どうも ありがとございます」

「実はちかごろ とんとおつむのかげんが かんばしくなくって

 いつもは きちんと商売道具の のみや鉋を並べているんですがね

 いざ仕事に取りかかろうと 思ったらのみがない どこを探しても

 のみがない でえじなでじな商売道具 あっしは狭い家なかを

 探しまわりましたね」

「それで どこにあったと思います 大家さん」

「道具を大事にする辰吉さんのことだ 神棚でも上げてしまったのじゃないですか」

「それが とほほ大家さん なんとてめの手で ちゃんと握ってるしまつ」

「そりゃ よほど大事に 思ってたんでしょうな」

「それだけじゃすまないんですよ 大家さん ちかごろときたら つい口から出た

 ものが 逆さまに出ちまって 長屋のおかみさん連中に 笑われちまって」

「ほう それは どんなものが辰吉さんの 口からでるものかな」

「それがですね 長屋を出た先を 右におりて八百屋の先に 小汚い

 いやいや 古い小料理屋が あるのを大家さんは ごぞんじで」

「そう言えば 何度か目にしたことはありますが それが何か」

「大家さん あそこの名は ごぞんじで」

「えぇ たしか『丸八』でしたかねぇ」

「それそれ その『丸八』を あっしは『八丸』ってよんでしまうんで

 ついせんだっても 隣の大工のとめと いっぺいやろうという話になって

 『八丸』じゃどうかと あっしがいいやしたら とめの奴 そんな店は

 知らねえと ぬかしやがるもんで こうのこうの この所の店だと

 大きな声で教えてやったら とめの奴 そりゃ『丸八』だと笑われちまって

 めんぼくねぇたら ありゃしません」

「そりゃ辰吉さん なんぎしなさったねぇ」

「………」

「うーん はやとちりにうっかりは 江戸っ子の気質みたいなもんだが」

「大家さん なんとかなりませんかね」

「あっしの おつむにいいものは ありませんかねぇ」

「………」

「えぇーと しじみとか」

「そりゃ 肝の臓ですよ」

「えぇーと 八つ目うなぎとか」

「そりゃ 目ですよ」

「………」

「ひとつだけ 思いだしましたが 銀杏はどうでしょう

 丁度いまじぶんだと 辰吉さんもよく知ってる 照行寺の境内に

 大きな銀杏の樹が色ずいて 樹のたもとにはたくさんの銀杏が

 落ちて これを拾ってきて 皮を剥いて なにちょいと手が銀杏で

 匂いますが そこは工夫して お天道さんで乾かして 火で煎って

 殻がはじけたら 食べごろ どうですやってみては なんでも

 銀杏は おつむのはたらきにいいとか」

「大家さん それそれ それですよ 多少の匂なんて あっしには

 へのかっぱでやんすよ さすが大家さん 大家さんの 話を聞いて

 『鱗から目』 胸のつかえがすっとんと落ちやした」

「これこれ 辰吉さん それを言うなら『目から鱗』ですよ」

「こりゃまた おはずかしいかぎりで…」  
 
by nappo_s | 2014-02-16 12:03